Outside

Something is better than nothing.

何もすることのない休日、の連続

 今年の中頃に入って妻と休日が合わなくなってしまったから、休日は独身時代のようにひとりきりで過ごすことが増えた。私の休みは暦通りであるから、土日のほとんどをひとりで、特に何もすることなく過ごしている。そもそも出不精であるから、あまり外には出かけていない。それに好きなゲームが発売されたことをいいことに、家に引きこもってずっとゲームをしていたときもあった。同僚や後輩の話を聞いていると、独身であるためなのか、けっこうアクティブに休日を過ごしている感じがして、羨ましいような気がしていた。私は大した趣味もなく、つまらない人間であると自覚しているものの、まざまざと無趣味の暇人っぷりを見せられると、まごついてしまうのも人情だろう。かくして、堕落という言葉を思い浮かべてしまう。
 妻は仕事が相当に忙しくなったために、私は土日に溜まった家事を片づけている。昔から掃除や洗濯はそこまで苦ではなかったので、おおむねこなしているし、やっている間は充実すら感じられる。料理――は苦手なのだが、最近は作ることも増えた。
 そう悪いことでもない、何もすることのない休日、である。
 しかし、その連続の中に、どうしようもなく溜まっていく不満はあり、それは妻と一緒に過ごす、あの穏やかな、特に何かが起こったわけでもない、日常の一コマが私と妻との間にない、ということであり、これは不在による寂しさの一つの形態だろう。何もすることのない休日、である両者は、しかしかけがえのなさによって分かたれている。妻の不在の部屋に、音楽は染み込んでいく。しかし、妻と共にいる部屋は、音楽で満たされているのだ。