お見舞い
――義祖父は東北の訛りを強く残しながら、私たちに語った。
その日、私たちは義祖父(以下、「祖父」や「彼」等の表現を適宜使用)の誕生日のお祝いに、郊外の介護施設を訪れていた。私は二度目になるが、妻は何度も足を運んでいるらしい。何人ものお年寄りがいるなかで、祖父はひときわ快活そうに笑っていた。
久しく訪れていなかった非礼を詫び、誕生日を祝ったあとに、祖父はおもむろに私たちの結婚式のDVDを再生し始めた。
祖父は動かしづらそうな左足であぐらを掻き、さまざまな事情があって参加することのできなかった結婚式の様子を眺めている。
「何年前になるんだろうね」なんて、私たちも懐かしいような気恥ずかしいような思いに駆られて、一緒にDVDを視聴する。
もしかしたら、そんな様子に何か祖父の記憶の琴線に触れる物事があったのかもしれない。祖父はふと思い出すように自分のことを語り始めた。
大きなもの
当時、彼は二十歳だった。
会津にいた彼は、定職にも就かず、暇を持て余していた。地元でこのまま親のすねをかじる生活を続けるのか――そう自問するにも、働く動機が見当たらなかった。ただなんとなく一日を送り、なんとなく月日は過ぎていった。
そんなある日、彼の前に一台のトラックが停まった。それは、今まで彼が見たこともないくらいに大きなトラックだった。自動車とも違う、巨大な力を感じさせる車体に、彼は思わず近寄ってしまっていた。
「どうした」
運転手が目を奪われている彼に声をかけた。彼は声を出すことができなかった。それくらいにトラックは、彼の世界観からすれば巨大なものだったし、彼の人生のなかで何か特別なもののようにも感じられたのだった。
気の利いた運転手は、そんな彼の様子を見て、彼がこの巨大な乗り物に子供のように夢中になっていることに気づいた。そうするのが当たり前であるかのように、運転手は助手席のドアを開けて、こう言った。
「乗ってみるか?」
もちろん彼はその開け放たれた助手席に飛び乗るのだった。
トラック野郎
そのまま彼は、トラック乗りが働いている運送会社まで連れて行かれた。トラックを下ろされた彼は、すぐに責任者に話をつけた。
「どうか、トラックに乗せてください」
慢性的に人手不足に悩まされていた責任者は、彼の申し出に応じた。もちろん免許を取った上でここで働くことを許可する、と言い添えておくことも忘れなかった。
彼は人生に目的を見つけた。目的もなくぷらぷらしていたのが嘘のように、生活に張りが出た。
好きこそものの上手なれ。
そう言うだけあって、免許はすぐに取れた。それにその後、乗り物に関連する免許のほとんどを、彼は取得した。
約束通り運送会社で働くことになった彼は、人生のなかに「乗り物」という項目が新たに生み出されたのを感じずにはいられなかった。トラックは、その巨大さが彼自身をも乗せ、どこか遠くへ連れて行ってくれるのだった――力強く。
巨大な機械が街を行き、道を行く。闇夜を切り裂いて走って行く。
積み荷を運んでいくことなんて、トラックを運転することの副次的要因に過ぎなかった。彼は何よりトラックを運転することに魅せられていたのだった。
転機
しかし、順風満帆に見えた彼の仕事だったが、転機が訪れる。
休みの日、彼は散歩をしていた。遠目から大きな車を見つけ、好奇心に惹かれるまま彼はそちらの方へ歩いて行った。初めはトラックかと思っていたその車体は、だんだんと近づくにつれて彼の見知っている乗り物の姿をしていないことが分かった。
そこにあったのは、彼がふだん乗るトラックよりも数倍も大きいと思わせるほどの巨体だった。朧気な記憶から、彼はその車がダンプカーと呼ばれていることに気づいた。
凄まじい誘惑が彼を襲った。近くに寄って、この巨大な車を眺めたい。そして、この巨大な車体に触れたい。さらに、この巨大なダンプカーを乗り回したい。
トラックでさえ巨大な代物なのに、さらに大きなこの車体があちこちを動き回るなんて、動かしてみないことには信じられなかった。
「何してるんだ」
運命の運転手が、またしても彼の前に現れた。痩せた、彼と同じくらいの男だった。怪訝そうな運転手に、彼はたどたどしく事情を語った。
ダンプカーに魅せられてしまったこと、これを眺めたいこと、いや触れたいこと――いやいや、本当はこれに乗ってあちこちを行き来したいことを。
運命の運転手は、なんだというばかりに合点がいったようだった。
「乗れよ」
と運転手は言った。
「免許は持ってるんだろうな?」
もちろん、と二つ返事で答えた彼は、そのまま運転手の勤務先に連れ去られてしまうのだった。
ダンプカー運転手の勤める会社は、彼が今働いているところとさほど遠くはなかった。辿り着いた途端に、運転手は彼を責任者へ紹介した。彼はまたしても責任者に、ダンプに乗りたいことを正直に語った。
運送会社というものは構造的にそうなってしまう必然を孕んでいるのか、やはりその会社は人手不足に悩まされていたため、すでに免許を持ってさえいる彼を雇うのにためらう理由はいささかも存在していなかった。
けれども彼はどうしてももともと勤めていた会社に、ダンプカーの運転手になったことを伝えられなかった。そのため彼は無断欠勤という形で、前の会社を放り出して、この新たな巨大な乗り物に夢中になるのだった。
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