Outside

Something is better than nothing.

二度目のタイとオレンジの思い出

 先週の土曜日からタイに行っていて、両親のところに滞在していた。シラチャは日本人が多く住む町で、J-Parkという日本人用のショッピングモールのようなものまである。そこではイオン系列のスーパーがあったり、吉野家のパクりみたいな店名の牛丼屋があったり寿司屋があったり、たこ焼きを売っていたりとする。タイ人たちも面白がっているらしく、タイ人たちが日本風の写真パネルの前で写真を撮っていた。ちなみに池には鯉が泳いでいる。

 昨年、新婚旅行という名目で訪れたその国は、久々の海外旅行ということもあってか、非常に緊張したことを覚えている。いや、そもそも身一つ、身二つで行っていれば所詮は人間、どうにかなるものだろうが、両親の飼い犬を連れていたとなれば、話は変わる。まずもって英語も怪しいのにタイ語など話せるわけもなく、いったいどうやって入国すればいいのやら、そもそもできるのか、という瀬戸際があった。

 これは現地日系企業の助けもあって、何とかクリアすることができたのだから、今年は思う存分楽しめばいいだけなのであった。犬は元気にしている。

 昨年はチャーン島というリゾート地に七時間ほどの車の移動を伴いつつ行って、ハンモックにごろんと寝転んでからひたすら波の音を聴くという実に人間的な過ごし方をして、非人情の街で暮らす人間としては人間性を回復させたのだったが、今年はパタヤの近くのラン島というところに行った。

 スピードボートで。

 このスピードボートなるもの、若い二人で行けば何の問題もないのだが、還暦近い父と、五十くらいの母、何より八十ほどの祖母を連れていくとなれば、非常に厳しいものであるのかもしれない……。私は物知らずなので、こういうボートがどれくらい揺れるものなのか知らず、二日間しかない宿泊日程にもかかわらず大量の荷物を詰め込んでいくことになった母のキャリーバッグは、果たして海に落ちはしないだろうか、と心配になりもし、父の胡散臭い話によると、同僚は「背骨が折れるかと思った」くらいの揺れ、であるらしいのだから、祖母は大丈夫なのだろうか、という杞憂も抱く始末で、何よりリッチな日本人という図式からは決定的な距離を持つ私たち家族は、金銭的な問題も抱えていた。

 父が値段を交渉する。これは我が家族においては不文律であった。ほとんど日本語としか思えないタイ語混じりの英語で父が現地の人と値段の交渉をしていく。スペインで旅行したとき、闘牛場に入れずダフ屋と交渉しつつ財布を掏られかけたあの父の背中を思い出す所存である。しかし、タイ人はおおむね好意的である。値段の交渉もまとまり(200バーツほど負けてもらったのだが、果たして相場からすればどのくらいなのだろうか?)、いざスピードボードに乗り込む。

 ぶおーん。

 久しく聞いていなかったYAMAHAのエンジン音であった。パタヤビーチからラン島まではスピードボートで十五分ほどであろうか、ときおり高い波にぶち当たっては揺れる船内と、乗り込む前に「一緒に運んでくれ」とばかりに詰め込まれたロブスター入りの水槽が揺れる。しかも椅子の端っこに置くものだから、いつ落っこちるのかと気が気でならない。それにも頓着せず、運転手は爆走を続ける。うねるYAMAHAのエンジン、砕ける白波、怯える家族。

 しかしながら、ラン島に死傷者を出さずに辿り着けたのは、奇跡でも何でもなく、大したことがなかったからだろう。まるで瀬戸内海を思わせるような眺望であった。しかもホテルは港から歩いて二分ほどのところ。まったくといっていいほど愛想のないタイ人の、しかしこちらに興味がないということは悪さはされないだろうという不思議な安心感とが混ざって、私たちは奇妙な高揚感に包まれていた。

 部屋に案内される。やる気がない。まったくやる気がない。むしろこれが人間なのではないのか、とか思いつつ、部屋に入ると、そこはゴージャスな空間が広がっていた。天蓋付きのベッドである。天蓋付きのベッドなんて!しかもベランダからは海が!

「うわーすごーい」なんて言葉を発しているから、港に着いたとき、タイ人に「すごーい」と、からかわれたのであろう。しかし、たしかにこれは「すごーい」と思った。

 近くのお店で昼食を取って(綺麗な店ではないが、今まで食べたタイ料理の中で一番美味しかった)、隣のセブンイレブン(シラチャなどにはセブンイレブンファミリーマートが林立している)で、運命の代物を見つけてしまった。

 チックタック!これはチックタックじゃないか!イタリアのお菓子で、日本で言うとミンティアみたいなお菓子である。そのオレンジ味が、私は子供の頃から大好きなのであった。というか、チックタックといえばオレンジ味であり、オレンジ味しか食べていなかったのである。私はたった20バーツしかしないそれを大量に手に取りレジに向かった。購入し、封を開けて食べる。美味い!なんでタイに来てチックタックを食って喜ばなければならないのか分からないが、しかし美味しい。懐かしさがこみ上げてくる。ベルギーのスーパーでチックタックを母に買ってもらおうとして、遠くの母の元へ持って行こうとしたら万引きと間違えて取り上げられた過去もついでに思い出し(万引きかと誤解されたことは覚えていたがその商品がチックタックだということを思い出したのだ!)、私は大満足で海に向かうのだった。