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Outside

Something is better than nothing.

『ワイルド・スピード SKY MISSION』(2015年)

映画

 ジェームズ・ワンの『ワイルド・スピード SKY MISSION』を観る。

 前作で弟のオーウェン・ショウをボコボコにしたことをジェイソン・ステイサム演じるデッカード・ショウは恨みに思い、まずは第三作と前作の結末でサン・カン演じるハンが殺され、ヴィン・ディーゼル演じるドミニクたちファミリーに復讐をしようと東京からポール・ウォーカー演じるブライアン・オコナーとジョーダナ・ブリュースター演じるミア夫妻の元に爆弾を送りつけ、子供もろとも殺害しようとする。ドウェイン・ジョンソン演じるホブスは仕事中にデッカードに侵入され戦うも怪我を負わされる。このままでは危険だとミアと息子を避難させ、ドミニクはカート・ラッセル演じる名前のない男と密約を交わし、「神の目(ゴッド・アイ)」と呼ばれる(例えるならトニー・スコットの『デジャヴ』で使われていたマシンのような)監視装置を自由に使ってもいい代わりに、それを起動できるナタリー・エマニュエル演じるラムジーというハッカーを傭兵部隊から奪還して欲しいと持ちかける。前作で記憶喪失のまま奪還したミシェル・ロドリゲス演じるレティは未だ過去の記憶が戻らず、ドミニクとともに過去に縁のある場所を訪れても記憶の混濁を来すだけだったものの、タイリース・ギブソン演じるローマンやクリス・"リュダクリス"・ブリッジス演じるテズたちとともにチームに加わる。ラムジー奪還のために空から車ごと飛び降りるという作戦をローマンが適当に示した場所から立案される。無事にラムジーは奪還することができるが、そこへデッカードが現れ、デッドチェイスが繰り広げられることになる。それを躱したドミニク・ファミリーはアブダビに「神の目」の起動装置があるということでそこに訪れ、その装置がある金持ちの車の部品に使われてしまったということだったのでパーティーに潜入して装置の回収を試みるものの、そこでもデッカードが現れるのでドミニクはブライアンとともに逃げようとするもそこはビルの屋上、逃げ場を失った彼はそのまま隣のビルへと飛んでいき、ブレーキが利かなくなったためさらにもう一棟のビルへと飛んでいく。装置の回収によって「神の目」が使用可能になったファミリーはデッカード・ショウを追い詰めるために彼の潜伏先へ急ぐが、そこは彼と「友人」になった傭兵部隊によって急襲されてしまう。その後、ロスに戻ったファミリーは最終決戦のために準備を行い、ラムジーを各車に映らせることで「神の目」を一時的に欺き、その間にプログラムをハッキングしようという作戦になった。ドミニクはデッカード・ショウとの最終決戦を控え、ブライアンは途中で通信ができなくなったためにその再接続、残った面々でラムジーの保護を行うことになる。だがラムジー保護舞台はドローンによって急襲され、窮地に立たされるのだが、そこへホブスが救急車両ごと突っ込みドローンを破壊し、その後ガトリングで武装ヘリに攻撃し、デッカードをヘリのミサイル攻撃があるとはいえ撃退したドミニクもまた機転を利かせてヘリに爆弾を設置し、ホブスによる射撃で爆破させるのだった。その過程で車ごと空中のヘリに突っ込んだ代償でドミニクは心臓が停止し、ブライアンによる必死に救命活動があったものの、最後は記憶を取り戻したレティの祈りによって息を吹き返す。デッカード・ショウはホブスにより捕まる。ファミリーは浜辺でブライアンとミアとその息子の幸せな様子を眺め、「さよなら」も言わずに車で走り去ったドミニクを、ブライアンが追いかけ、二人はそれぞれの道を行く。

デジャヴ (吹替版)

デジャヴ (吹替版)

 

 ひとまずはポール・ウォーカー追悼ということで、結末は涙なしには観られないわけであるし、私もだいぶ視聴が遅くなってしまって申し訳ない気持ちではあるものの、本当にこのシリーズを支えてきたこの役者に対して敬意を表したい。次作以降、どういう形になるのか分からないのであれなのだが、しかしシリーズは続いてくれるということでファミリーの今後に期待したいところではある。

 あらすじを書きながら思ったのだが、このシリーズはかなり面白い形で続いているなあと思う。私はシリーズの中ではダントツでハンが好きなキャラクターで、あのミステリアスなアジア系の男があのムキムキ集団やアフリカ系のノリの中でいったいどういう立ち位置で、けれどもファミリーとして迎え入れられていたのかというところと、いつも何か食っているというところがとても好きでたまらず、彼がいなくなって本当に寂しく思うなんていう「I miss him.」と素朴に言ってしまいそうになるキャラクターだったのだが、そういう魅力的なキャラクターが死んでもなお、というか死んだキャラクターが生き返ったりするわけで、面白いなあと思う。

 ジェームズ・ワンの映像はけっこう面白く、あのアクションシーンで人が倒れる動きに合わせて動くカメラワークなど、凝った映像を見せてくれたところが今回、まず面白かった。あとは扉を蹴破ったあとに扉に乗ったまま階段を落ちていくシーンなど見応えがある。ジェイソン・ステイサムの影響なのだろう、本作ではアクションがメインであって、ゴツゴツした音が目白押しだったのだが、個人的にずっと「凄いなあ」「偉いなあ」と思っていたのはレティを演じているミシェル・ロドリゲスである。

 彼女は『世界侵略: ロサンゼルス決戦』(2011年)という面白くもない大味な作品に出ていたりもするし、『マチェーテ』(2010年)ではジェシカ・アルバとともにセクシーな革命戦士ルースを演じていたり、『バイオハザード』(2002年)ではレインという戦闘員を演じ、『バイオハザードV リトリビューション』(2012年)では同じくレインとしてクローンとして蘇ったりする上に、ラスボスとして戦うミシェル・ロドリゲスを蘇らせたくて仕方ない、何か大きな力が働いているとしか思えない。そういえば『マチェーテ・キルズ』(2013年)でも、隻眼で登場してなおかつ残った片目も潰されてしまった描写があったと思うのだが、一瞬そのときに死んだようなものとして描かれる。だがそのあとすぐにアンバー・ハード演じるミス・サン・アントニオをティアラで殺害し、メル・ギブソン演じる悪役ヴォズに鉄板のようなものにされて死亡したように見せかけて、偽予告編なのか現在では分からない次作『マチェーテ・キルズ・アゲイン』の中では生きており、さらにはヴォズによってマチェーテを振り下ろされかけているシーンも挿入されている。

  いったい、なぜ映画の中でミシェル・ロドリゲスは何度も蘇らなければならないのか。非常に魅力的な俳優であることは理解できるものの、こうも何度も蘇られては不思議ではあるまいか。