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Outside

Something is better than nothing.

『バイオハザードV リトリビューション』(2012年)

映画

 ポール・W・S・アンダーソンの『バイオハザードV リトリビューション』を観る。

 前作から状況は引き続き船の上でアンブレラ社の戦闘機との戦いがまず描かれ、あっさりとコイン入りのショットガンで戦闘機を撃ち落としたりするミラ・ジョヴォヴィッチ演じるアリスの超人っぷりは冒頭から健在で、けれども爆発に巻き込まれて気を失ってしまい、アンブレラ社に囚われる。目を覚ますとなぜか日常的な光景に包まれており、アリスは主婦としてオデッド・フェール演じるトッド(第三作でカルロスだった人)とともに生活しており、彼らには子供さえいる。しかしその平和な日常は突如としてゾンビの襲撃によって壊され、トッドは目の前で死亡、アリアーナ・エンジニア演じる娘のベッキーをなんとか生き延びさせようとアリスは奮闘するも、結局は息絶えてしまう。ふたたび目覚めたアリスは、自分がアンブレラ社に捕まっていることに気づく。第一作でも登場したレッド・クイーンなるAIに操られたシエンナ・ギロリー演じるジル・バレンタインに爆音という嫌がらせを受け発狂しかける。しかし、なぜかシステムが停まって逃げられる状況になって逃げようと試みるも、前作冒頭の東京渋谷の光景が反復され、ゾンビ集団に襲われるので逃げているところに、リー・ビンビン演じるエイダ・ウォンが現れ、ショーン・ロバーツ演じるウェスカーによる作戦に参加するよう求められる。つまりはアリスの救出ということなのだが、レッド・クイーンが暴走して今やアンブレラ社はAIによって管理されているというのだ。救出チームは前作で刑務所のリーダーをしていたボリス・コジョー演じるルーサーを始め、ヨハン・アーブ演じるレオン、ケヴィン・デュランド演じるバリーといった面々である。アリスが体験した渋谷は、アンブレラ社が各国に製品を売る際のシミュレーション施設で、クローンを使って何度も実験が行われているそうである。その実験区画をエイダとともにアリスは逃げていき、また救出チームは奥へと向かっていく。ジルが彼女たちの邪魔をするために、クローンを使った攻撃を仕掛けてき、その中には第一作でミシェル・ロドリゲス演じるレインだった者もいる。そうこうする中で、ベッキーを見つけたアリスは今度は守るとばかりに母性を発揮し始め、エイダはジルに捕まり、救出チームは執拗なゾンビたちの攻撃に次々と仲間を失っていくものの、なんとかアリスを連れて地上に戻ることが成功する。しかしプラーガという強力なウイルスを注入したクローンレインとジルとの戦闘によってさらに人が死ぬものの、ジルはなんとか正気を取り戻し、手が着けられないクローンレインは氷を銃でぶち抜いて、その下にいるマジニたちに食わせることで事なきを得る。そしてウェスカーと合流したアリスたちはAIとの最終決戦に備えるのだった。

 はっきり言えば駄作である。原作のレオンやバリーなどが登場したことは嬉しいのだが、けれどもこの展開は相当に行き当たりばったりであり、「バイオハザード」シリーズとは行き当たりばったりなのだと言われれば首肯せざるを得ないのだが、それにしても限度というものがあるだろうに、とも思うのである。

 もちろん原作のゲームが行き当たりばったりじゃないか、と言われればそうなのであるのだが、けれどもそれを踏襲しなくてもいいではないか、と思ってしまうのが人情というものであり、すっかり母親感を出し始めたアリスに対して、月日の流れをも感じる次第でもあって、そういった意味でとにかく駄作である。

 はっきり言って過去作の死んだ登場人物を出すのは、もともとアンブレラ社の設定が悪趣味ということもあるのだが、監督も悪趣味だと思わざるをえないし、あまつさえレインがラスボスってどうなのよ、と思うのである。死者が歩くということ自体に伴う悪趣味さ加減はもはやゾンビがこれだけ一般化してしまった以上仕方ないのかもしれないのだが、わざわざクローンを作って二度三度殺す必要があるのだろうか、と思わなくもない。

 そして原作のゲームが現在どういう展開をしているのか、『4』を最後に手を着けていない私が言うのもなんだが、バイオハザードはAIものだったのかという新鮮な驚きが結末にあったということだけ付け加えておく。

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 前作の感想。

joek.hateblo.jp