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Outside

Something is better than nothing.

クリエイティブな物語の協奏曲 ―ねじれ双角錐群『望郷』について―

nejiresoukakusuigun.tumblr.com

紹介

  ねじれ双角錐群の『望郷』を読む。第二十三回の文学フリマにて頒布されたもので、私はネットで購入した。今現在(2017年1月25日)は品切れ中の模様。

 収録作は下記の通り。

石井僚一「物語のない部屋」
小林貫「新しい動物」
笹帽子「二色の狐面」
cydonianbanana「組木仕掛けの彼は誰」
伊川清三「ユゴスに潜むもの」
国戸シャーベット「香織」
全自動ムー大陸「器官を失ったスピンドルの形」

 「緒言」によると「各々の関心に沿って自由に筆を執った」ものであり、「物語であることを一つの共通項として」7編の短編小説がそろったということになる。

感想

 ちまちまとゆっくり読んでいたので、具体的なことは書けそうにもないため、短めの感想を述べていきたい。

石井僚一「物語のない部屋」

 詩的なイメージを散りばめつつ、「物語」について率直に書いていくもの。ガジェットを使いつつ、パートが2つに分かれている。けっこう現代的なワード(「テロ」)が取り入れられており、その辺りに感心した。テロと物語の喪失。

小林貫「新しい動物」

 カフカ的な状況という言葉の持つ使いやすさということをよく考えるのだが、ある特殊個別的な状況に置かれた個人ということではある。ここでの「ぼく」もカフカに言及しつつ、よく分からない世界に入り込んでしまっているわけで、「この世界の成り立ちやこの街の外については一切話題に上がることはなかった」(P.38、傍点省略)というところがけっこう感心した部分であった。

笹帽子「二色の狐面」

 自己言及的な「僕」の織りなす陰陽師ものといったところで、私はあまり好みではなかったのだけれども、けっこうしっかりした造りではあって、最後まで読ませる短編だった。チャネルが違ってしまっただけで、別に作品が悪いわけではない。

cydonianbanana「組木仕掛けの彼は誰」

 AR故人《島崎藤村》ベータ版失踪事件を巡る話と要約するけれども、かなり奥行きがある作品で、収録作の中ではもっとも再読に耐えうるものであろうと思う。ちょっとレベルが違う、といったところか。おそらくは円城塔が背景にあるとは思うのだが(あまり読んでないので外してたらあれだけど)、個人的にはボルヘスの「円環の廃墟」やビオイ・カサレスの『モレルの発明』も思い出したりもした。「紅生姜の天ぷら」を囓るシーンがあるのだけれども、あのシーンが好きだったりする。

伊川清三「ユゴスに潜むもの」

「エイリアン」シリーズにクトゥルフをくっつけたものと要約することをお許し願いたい。個人的にはポテンシャルがかなりある作品で、もっと長いものを読みたい。いかんせん、素材に対して長さが短すぎると思う。

国戸シャーベット「香織」

 これもまたチャネルがずれていると思った作品だった。中盤までは好みだったんだけど、後半から尻すぼみになった印象で、その辺りに問題があるのではないかとも思う。

全自動ムー大陸「器官を失ったスピンドルの形」

 ある種の傑作だと思う。正直に言って理解したとは思わないのだが、この作品は作者の思わんとしているものと読者の読解は常にずれるだろうとは思う。この象徴性と言葉の織りなす世界観は、この作品自体のスケールにも適していて非常に「程よい」。

全編を通して

  最初「物語のない部屋」と最後「器官を失ったスピンドルの形」は抽象度の高いものを配置している。かなり「物語」に対して自覚的な作品なのだが、両者ともに「君」と「僕」といった、二者間の関係性が展開されがちであるというところが興味深く思われる(「先生」も登場しているけれども)

「新しい動物」と「ユゴスに潜むもの」は、両者それぞれにポテンシャルがあり、それぞれの発展系を読みたい気持ちである。「二色の狐面」と「香織」については、私の興味や好みとずれていた。前者は完成度自体は高いので、やや不幸な出会い方をしたと思われる。「組木仕掛けの彼は誰」はある一定のレベルにまで完成されており、おそらく必要となるのは感想よりも適切な批評なのではないかと思う。

 そうそう、表紙と本のデザイン、それぞれに非常に良い。このクオリティで本を作れる、って素敵なことだと思う。

 そういった次第で、かなりクリエイティブな同人誌だった。『望郷』マジクリエイティブ。

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