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Outside

Something is better than nothing.

『回路』(2000年)

映画
回路 [DVD]

回路 [DVD]

 

  黒沢清の『回路』を観る。

 あらすじはネット上でよく分からない存在が猛威を振るい始めたのだが、その事象に遭遇すると壁や床の黒い染みとなって、いつまでもうめき続けるということで、幽霊が実在するのかどうかという議論があったり、あるいはネットのプロバイダがどうとか、パソコンが使えないけれども大学にパソコンに詳しい綺麗な小雪演じる唐沢春江がいるので、加藤晴彦演じる川島亮介は足繁く通って、いい感じになりそうな気配を漂わせたりしている。麻生久美子演じる工藤ミチは、自分の会社の同僚が次々と黒い染みになっていくので、どうしようかと悩んでいたりする。そういったことで、その事象が拡大に拡大を重ねた結果、無人になってしまうくらいまで悪化していくので、南米に逃げるのだった。

 観ているうちにだんだんとまじめに観る意欲を失っていき、結果的にまじめに観ることができなかったのだが、その傾向は『CURE』(1997年)にもあったような気もする。南米というワードがよく分からなかったし、事態の進行についても疑問が残る。要するに行き当たりばったりであって、構成上に重大な欠陥を抱えたまま映画が進行していくので、観ているこちらは何に集中すればいいのか分からなくなってくる。もちろん私の集中力の欠如はあるにしても。

 黒い染みになっていくというアイディアは面白いのだけれども、例えば『イット・フォローズ』(2014年)が作品世界を奇妙な時代設定(あるいは奇妙な世界として設定すること)にすることによって、リアリティーを宙づりにすることに成功したようにはできなかったのだろうかと思う。

 それが失敗したのはおそらく当時浸透しつつあった「インターネット」「パソコン」という現代性を作品に持ち込んだことによって、作品の世界観を現実とリンクさせすぎてしまったのではないか、と思う。

 だからある種のインターネット考古学的な意味で、懐かしの画面が加藤晴彦の手によって登場したときには、けっこう「おお!」と思ったのだが、それに勝る面白みが現在から観るとないという点は残念に思える。古いWindowsの画面とダイヤルアップ接続の音、実は『回路』の見所はここに集約されてしまっているのではないか、ということが、当時の現代性を取り入れた結果、作品に残されたものだったのではないか、と思うのだった。