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「やっちまえ」という経済活動

 

Post-It

捏造の出所

 FacebookTwitterといったSNSに投稿された捏造記事が拡散することで、必ずしも正しいわけではない情報が蔓延し、やがて真実そのものを覆い隠していく様というものは、例えば「空気」としてのコンテンツであるがゆえの宿命、と言えるだろう。

 どうやらいくつかの記事を読んでいくと、この空気としてのコンテンツが、トランプ次期大統領を通して表現する手段を見つけた人々による憎悪と結びつくことによって、非常に悪質な形で蔓延してしまったという風に思われる。

  けれども、その代弁された憎悪の表現を支えるためのメディアの言葉は、実を言えばそういった人々の側にはないのかもしれない。おそらくは人々の思いも寄らぬところから、冷徹に、効率的にマネタイズされた結果、引き起こされているとも言える。

www.buzzfeed.com

 この記事の中で取り上げられていることは、ある意味ですでに当たり前となってしまったこと、ではあるのだが、同時に英語圏という巨大なマーケットに対しての、グローバルな反応がこの記事からはうかがえる。

事実確認をしないこと

 ファクトチェックされることのない記事の数々を盲目的に信じ込んだ結果、憎悪を抱えた人々はトランプに支持を与えた。けれども、そのファクトチェックされることのない記事を作っていた者は当のアメリカ人ではなく、遠く離れたマケドニアの若者たちだった。

「投稿の情報は悪いものだし、虚偽だし、ミスリーデイングだよ。でも『それで、人々がクリックし、エンゲージメントを稼げるなら、やっちまえ』だね」。こうしたサイトの一つを立ち上げたヴェレスの男子大学生はBuzzFeed Newsに話す。
(前掲記事より引用、太字は引用者)

「やっちまえ」。

 彼らはその精神に則って、デジタル・ゴールドラッシュとも記事の中では語られる、不正確で不道徳な記事を量産し、その表現は人々の憎悪と結びついてエンゲージメントを稼ぎ、彼らは金銭を得ていった。

マケドニア経済はとても弱く、ティーンエージャーは働くことを許されていない。だから、金を稼ぐためにクリエイティブな方法を探さなきゃならないんだ。ミュージシャンなんだけど、必要な道具を買えない。ここマケドニアでは、小さなサイトからの収入でも、いろんなものを買うのに十分なんだ」
(前掲記事より、太字は引用者)

 やった者勝ちという世界観の下に、デジタル・ゴールドラッシュによってひたすらに金を稼ぐ様は、資本主義的なモラルに適っていることは間違いない。彼らはそういった倫理的な判断の外側に位置していると思われる。倫理的な判断をするには「マケドニア経済はとても弱」いからだろう(ちなみにマケドニアに限ったわけでなく、アメリカ人自身もまた同様のサイトを開設していることが記事では触れられているのだが)。

「やっちまえ」の経済

 前掲記事の中では、大統領選の投票日が近づくにつれて捏造記事のエンゲージメント率は高くなり、他方で主要メディアのそれは低くなってしまったという逆転現象についても触れられている。

 これは既存のメディアの非煽動的な言葉の力はすでに人々には届かず、アテンション・エコノミーの時代における「注目されさえばいい」(=「やっちまえ」)という発想の下で語られた言葉が力を持つようになった、と考えられる。

wired.jp

 どういう結果をもたらすにしても、金を稼ぐことができればそれはクリエイティブであるし、おそらくイノベーティブでもある、と捉えかねない時代に生きているということになるのだが、同時にそれは既存のモラルによる善悪の基準がズレているとも言える。

 ここでは既存のモラルは後退し、事の経済性が新しいモラルとして立ち現れてくるのだ。この後退したモラルは消滅したわけではないが、著しく力を失っている。

命を左右するもの

 もちろん資本主義が高度に発達した日本も例外ではない。例えばDeNAが開設した医療系キュレーションサイトの「WELQ」が先日炎上していたのだが、これもまた上記の現象の類型と言えるだろう。

www.huffingtonpost.jp

 ファクトチェックの不在によって、安易に量産された信用できない記事の数々は、SEO対策によって多くの人々の目に触れることになり、少なくともその関係するモラルの領域が人々の命に直結するものだったがゆえに炎上した。

 けれども、このWELQ自体は氷山の一角に過ぎないわけであり、さまざまなデマや流言飛語は未だに大手を振っている。そして力を持つものは、結局のところはアテンション(エンゲージメント)を集めたものになるわけであり、そしてその背後にはゴールドラッシュによって潤う者も存在していることになる。

窮屈さ

 最後に、捏造サイトを運営するアメリカ人へのインタビューからの引用したい。

正直言って、人間は間違いなくよりアホになってるね。もはや誰もファクトチェックしない。だからトランプが選ばれたんだ。
トランプは言いたいことを言い、人々は全部信じた。後で言ったことが真実じゃないとわかっても、気にしないんだ。だってもう受け入れているから。本当に怖いことだね。こんなのを見たのは初めてだ。
(前掲記事「デモクラシーの根底を揺るがす捏造記事 Facebookが増幅した副作用とは」より引用、太字は引用者)

  この「間違いなくよりアホになってる」人間をカモにして、互いが互いのアセットを奪い合う様がこの経済活動の一つの典型だとすれば、この「やっちまえ」精神というものは非常に「賢い」あり方に他ならない。

 WELQは炎上したし、捏造記事も閉鎖を繰り返すだろうが、その淘汰の果てによりよいものに行き着くわけではなく、互いが互いの足を引っ張り合いながら馬鹿にし合う構造は、恐ろしいまでに窮屈さを感じさせる。

 もちろん米英のGoogleはファクトチェック機能を実装するとも発表されているわけであり、技術的な進歩が人間のモラルの領域について何かしらの判断を下す、あるいは制限するようになるのかもしれないのだが、もちろんそれには人間が「間違いなくアホになってる」状態が前提される上に、そもそもこの発想自体が彼らのものではあるわけなのだが……。

 

【関連記事】

  本記事の前編とも言えるもの。

joek.hateblo.jp

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