Outside

Something is better than nothing.

分断された現実の位相

separate

敵というテーマ

 およそ六年前に「敵」と「敵に関する報告書」という小説を書いたことがある。二つは相補関係にあるのだが、一方は敵の遍在を、もう一方は敵を書くことの不可能性を書いた小説だった。

 敵というものは恣意的な存在である。敵は常に一方が他方をそう名指すから、そのように呼ばれることになる。

 例によってトランプ次期大統領の時代ではあるのだが、私はそのことについてつらつらと考えていくために、さまざまな媒体に掲載されている記事を読みふけることになる。

 このこと自体がすでに何らかの形でトランプに承認を与えているような気さえするのだが、しかし考えることを止めることは難しい。

架空の隣人

 望月優大の非常に分析的な信頼の置ける記事の中で、「敵」に関係するであろう箇所があったので、引用したい。

こうした時代背景の中で、福祉国家を維持する路線を取るにしても、新自由主義的な路線を取るにしても、人々からの政治的正統性を得るために、すなわち選挙で勝つためには、攻撃しやすい外部、あるいは現在の困難の責任を被せることができる他者の存在を仮構することが得策になってしまう、そうした時代に私たちは突入していると言えます。
(下記記事より、太字は原文、下線は引用者)

hirokimochizuki.hatenablog.com

 選挙においてはサイレント・マジョリティ的な戦略を動員するために、攻撃しやすい外部を仮構することで人々の潜在的差別意識その他の、他人においそれとは開陳できない思想および思考を喚起し、得票に繋げていく。

 攻撃しやすい外部というのは、もちろん仮構された「敵」のことに他ならないのだが、思えば私は「信じがたい憎悪」の中で架空の隣人という言葉も使っていたのだった。

joek.hateblo.jp

 この装置を使えば、いともたやすく大義名分を作ることができる。トランプの数々の発言(暴言)を思い出すと、この装置は非常にうまく機能していると思われる。そして、もちろんこの攻撃しやすい外部やありもしない危機を煽る先として設定される架空の隣人、つまり「敵」は、暴力の歴史からしてみれば枚挙に暇がないほどに例証があるだろう。

メッセンジャー

 トランプという存在について、例えばマイケル・ムーアは彼が大統領に当選される前に、このように分析し、喝破している。

(…)トランプに同意する必要はない! 好きになる必要だってない! トランプは、君らが嫌な人間たちに投げつける火炎瓶だ。それでなくても、彼らは君らに火炎瓶を投げつけてくるんだ! メッセージを送れ! トランプは君らのメッセンジャーだ!
(下記記事より、太字は引用者)

www.huffingtonpost.jp

 選挙が終わり、ヒラリーが敗北する。マイケル・ムーアが嘆いたトランプ大統領という可能性が、実現してしまったのだ。その後の分析は予想外の展開だったために各種メディアがこぞって記事を出し、また特集も組まれている。

 例えばシノドスの記事では、このようなものがあった。

会田 (…)一見、トランプはプアー・ホワイトたちの人種差別意識を煽ったことで大量に票を得て大統領になったというイメージがありますが、私は逆ではないかと思います。つまり、今までまったく無視されてきた人がトランプという表現手段を得て、彼を通して異議申し立てを行っているのではないかと。
(下記記事より、下線は引用者)

synodos.jp

 トランプは、彼を支持した人々にとって、単に彼ら自身を代表しているわけでは決してなく、彼の存在を通して表現を行うための一種の装置だった。だからこそトランプは、矛盾を来していたとしても、さまざまな形で「敵」を作り、多種多様な矛先を示したのだ。彼らの――多種多様な彼らの声たらんとするために。

セパレート・リアリティについて

渡辺 (…)リベラルな人からすると、トランプの差別的な暴言はアメリカ社会の根幹を破壊しているんだ、だから許せないという立場ですよね。しかし、トランプ支持者からするとそこはあまり関係ない。むしろ、今アメリカ社会の中に広がっている絶望感なり閉塞感なりを作り出したのは職業政治家の方だ。彼らこそアメリカ社会のデモクラシーを破壊しているんだ。それを解決してくれるのであれば、多少の暴言は大したことじゃない、というわけです。
つまり、お互い見ているものがちょっとズレてしまっている。噛み合わないままレトリックはどんどん過激になっていって、誹謗中傷がそれをさらに深めていっている、というのが分裂かなという気がします。
(前掲記事より、下線は引用者)

 このズレは、トランプの支持者の中にもあるだろう。このズレは、共和党内部の富裕層貧困層という経済的なズレとは違う気もする。

気をつけろ そのドアの隙間は
分断された現実(セパレート・リアリティ)だ
俺なのは俺だけだ
お前なのはお前だけか?
(『P.T.』より)

 このセパレート・リアリティという言葉は小島秀夫の『P.T.』(2014年)というゲームの冒頭にエピグラフとして置かれていたものだが、この分断された現実という言葉は大きなヒントになるような気がする。

実際には、女性の4割以上がトランプに入れました。LGBTの14%がトランプに入れたし、ゲイに限ればかなりがトランプに入れました。LGBTが権利獲得の「正しさ」をもっぱら求めているというのはうそっぱち。多数のゲイが、ミソジニスト(女嫌い)の快楽主義者ですよね。
(下記記事より)

newspicks.com

 この内実が実際に正しいかどうかは知らないのだが、仮に本当だとして、共和党自体が女性やLGBTQに対する地位向上や権利保護について消極的というか、むしろ反対の立場を示している場合もあるにもかかわらず、彼ら自身は共和党に票を投じることを選択したのだった。

 一方で町山智浩の『さらば白人国家アメリカ』(講談社)によれば、共和党は富裕層によるスーパーPACと呼ばれる巨大で一方的な選挙の応援組織によって、メディアを通じて朝から晩まで相手を中傷するCMを流していたが、彼ら富裕層衆愚政治への希求は凄まじく、人工中絶の禁止などの現実には実現するつもりもない公約を掲げて、人々を煽ってきた。

さらば白人国家アメリカ

さらば白人国家アメリカ

 

  だとすれば、共和党内部に存在するトランプ支持者の、分断された現実はいったいどうなっているのだろう。そこには互いに相容れることのない、現実には実現不可能に近い怒りを抱いて、それをトランプに託す者も相当数いるはずだ。

公平化機関

ネットに棲息(せいそく)する日本のウヨ豚に似たオルタナ右翼とは別に、ピーター・ティールに代表されるシリコンバレーの有力なスーパーエンジニアもトランプ支持です。彼らは新反動主義者と呼ばれますが、彼らは「制度による社会変革」よりも「技術による社会変革」を望みます。
(…)
人々がいちいち「正しさ」を考えなきゃならないのは、テクノロジーが未熟だからで、発達したテクノロジーは、人から「人である必要」を免除する。そこから先、人は「正しさ」とは無関係に「快楽」を追求しても構わなくなる。そういう社会に向かおうではないか──と。
(宮台前掲記事より、太字は引用者)

  この技術による社会改革、あるいはテクノロジーによる正しさの判定は、もはやSFの領域であり、私は伊藤計劃の「Indifference Engine」を想起させる。この短篇では、部族同士の対立によって深刻な差別意識が芽生えた元少年兵に公平化機関と呼ばれる処置を施し、テクノロジーによって部族の差異をなくす、というアイディアが採用されていた。

 また昨今流行っているVRといった既存の現実認識を変容させようとするテクノロジーによるアプローチが、差別をなくすという記事もある。

wired.jp

 このことの是非は私には判断がつかない。感覚的にはどうかなとは思うが、しかしこの技術的な処置によって実際の分断の溝が埋まるならば、とも思う。けれども、はたして人間はそこまで賢いのだろうか。そのテクノロジーによる恩恵を全面的に受容できるほど、賢明なのだろうか。

 選挙戦でトランプ側の選対本部長を務め、トランプが次期大統領となってからは首席戦略官・上級顧問にも任命されたスティーブン・バノンは、同時に「ブライトバード・ニュース」の会長でもあるらしいが、これはオルト・ライト(オルタナ右翼)のプラットフォームだとも言われている。

オルト・ライトには他にもいろいろな呼び名がある。たとえばネオ・リアクショナリー(新反動主義者)とか、ダーク・エンライテンメント(暗黒啓蒙)とか。暗黒啓蒙という考えは面白い。中世ヨーロッパは、宗教と身分に縛られた暗黒時代と呼ばれた。啓蒙とは「光で照らす」という意味で、人々が書物を読み、知識を得て、論理的に考え始めたことで、経済活動を活性化し、資本主義が生まれ、民主主義が生まれ、近代になっていった。自由と平等というアメリカ建国の理念もそこから生まれた。ダーク・エンライテンメントはそれを再び中世の暗黒に戻そうというのだ。そこにはヒューマニズムに対する深い絶望が感じられる。
(町山前掲書より、太字は引用者)

 暗黒啓蒙の牙城を運営する会社の会長が、大統領の側近になる可能性があるということについて、反知性主義というかエリート嫌悪というか、そういったある種の物凄い絶望を感じられる。

 上と下、右と左、GとLといったさまざまな分断の一つの様態であるのだろうし、この暗黒啓蒙はトランプという人々のメッセンジャーを生み、その装置を駆動させるための「敵」を生んでいるのだろう。