Outside

Something is better than nothing.

書いた形跡

 記述の量に端的に驚くべきか、生きるということの蓄積とはそもそも目に見える形であれ消え去ってしまうものであれそういう類のものなのか、私には生まれてから死ぬまでの一連の流れを知らないために判断がつこうはずもないのだけれども、読む文字量と書く文字量というものは気づけば膨大な数に上っている。
 たまたま私が偏執的に自分の書いたもののほとんどを記録しているがために可視化されたその膨大な量の文書は、私自身を形作る一つのピースでありながら決して私それ自体とはならない。書くということは書いた瞬間に、あるいは書きつつあるまさにそのときにすでに私とは異なる顔を備えて自立を始め、時を跨ぐとまったく書いた意味が掴めなくなってしまう。これは記憶の不確かさがそうさせるのか。
 同時に読むことについてもだいたい記録しているがために、いったいいつ私が何を読んだのかということくらいは判明するものの、書くことと同じようにそれは私自身を形作りはするものの私自身とはならない。私の総体は、書くことと読むことをはるかに上回る何かで構成されており――というか、その構成要素を把握するということは不可能だろう。
 以前に文字論みたいなものを学んだときに、足跡というものが無文字社会において文字として意味内容を伝えるものとして機能していたのではないかという仮定があり、そこで足跡は単に足跡という地面に穿たれた人の足がつけた痕跡というものに限らずに、例えばその形や大きさから男女の性差、身長や体重、あるいは味方か敵か、体調や年齢まで分かるような類のものではなかったのだろうか、ということが言われた。そのように考えてみると、私が書いたものは形跡として、その意味内容はともかくとして書かれたものの総体が、私がかつてそこにおりどういう様態であったかということを表すのではないかと思うのである。これを自分に対して述べているのでまだしも、無神経に他人に対して開陳するのであれば、あなたの書いたものは(内容はともかくとして)あなたがいた形跡として捉えるということであり、書くことは文字を書くものであると同時に書く行為そのものが何かを伝えるという文字であるといった……。
 けれども私以外が決して読み返すことがないだろう私の書いた文字の群れは、どう考えてもその意味内容如何にかかわらず私が存在した形跡にはなるとは思う。かつて寺山修司は私の墓は私のことばで充分といったことを述べたらしいが、墓というものもまたある人間がいた形跡としてあるというように考えれば、寺山のように考えることは無理なからぬものだろう。
 ところで先日自分の書いたものを整理していたら、2007年、19歳の頃書いていたエッセイの中に「昔は」云々といった表現が使われていて、若さというものの何とも言えない無神経さに呆れつつも興味深く感じられ、その昔とはいったいどの程度の昔を表すものなのだろうかとひとしきり考えてしまった。昔という射程は文脈によりけりだけれども、それでも十年くらいの時間的な距離を考えなければ格好がつかないとも思えるわけで、自分のことながらこの昔という表現を(正直に言えば今でも)安易に使ってしまうということは時間に対する無神経さというよりも言葉に対する繊細さの欠如かもしれず、もう少し緻密に使うべきであるかもしれない。しかしそんな昔のことは覚えていないという記憶の曖昧さに対する言い訳としての昔は、ほとんど時間的な空白はなく、下手をすれば一日とか二日とか、そういう近過去に対する物言いとして昔は恣意性をもって選び取られる語彙ではあるものの、昔はと思いを馳せる時間軸は近くもあり遠くもあり、連続もしているものであろう。
 私自身は昔に対する繊細な言葉遣いをしない人間であるということを暴露した以上、私が体験したことのない過去の一時期について安易に昔と述べていることも述べておくべきだと思うのだが、たしかに書物などで窺い知れる過去の様子というものはあり、それに対して過去への親密さを表す意味をもって昔を使うことも許されはするだろうが、まるで自分が体験したかのように体験できるはずもない過去の一時期を昔と表現することも、ある。このとき私が想定しているのは年寄りとの場繋ぎとしての会話の中でひとまず相手は私を実年齢以上の人間だと見なしているときにしたり顔で使うレトリックの一つであるのだが、そのときに使われる昔というものの内実は架空の過去である。相手にはあったかもしれないが、少なくとも私にはない類の。そうすることにいちいち罪悪感も覚えない他愛もない嘘の一つではあるものの、そのレトリックは私と相手との間に一つの共通点を(しかし架空の)生み出すという意味で、この昔なる語の汎用性の高さが窺い知れる。
 19歳の人間の無神経さを責めても致し方ない側面があるといえばそうで、しかも実に個人的な書き物の中の一語彙とならばさらに重要性は低まるのだけれども、それでもなお気にかからないといえば嘘にはなるのであり、十代の人間にとっての過去とはそこに何らかの意味で充溢したものではなく、ありえた過去ということでもあるのかもしれない。思えば、以前に「過去は、」という掌編を創作の最初期に書いていたのだけれども、そのタイトルからして如実に表れているように、過去への憧憬が色濃く表れているのと同時に、無限に後退しようとする意志があるような気もする。高校生のときに書いたその掌編小説は、寺の鐘の音を起点に小学校時代を回想するといった趣の下らない小説で、現在と過去との対比の中で現在の無情さを示したいがための過去ということになる。よくよく考えると、今にしろ昔にしろ、世界は常に無情であり続けていたはずであり、子供時代のあの幻想的な浮遊感を伴う、辛さも辛さとは認識されず何らかの楽しみに転換されていくあの健気さは、世界の無情さの実に子供らしい直観に基づく洞察であることは疑いようのない事実で、大人になった(物心がついた)今となってみてはこの洞察に基づいて単純に無情な世界を生きていくにはあまりにも非情なのだろうとも思えるのである。だから記憶は曖昧に溶けていくことになり、昔は、その対象を明らかにしないまま、延々と遡っていくことになるのだし、人々はかつてそうであったし今でもそうである無情さをひとときでも忘れたいがために、ありもしない昔をでっちあげるのだろう。