Outside

Something is better than nothing.

否定すること

 死ね、とよく言う教授が、大学に通っているときにいた。私はその教授の講義が好きで、最初に受けたときは度肝を抜かれる思いをしたが、次第にその教授の考えに惹かれて、ふたたび講義を取った。
 最初に挙げた「死ね」を部分的に見れば、やや乱暴に映るかもしれないし、実際にこの言葉は乱暴なものだ。私も卒業してからだいぶ時間が経つので、文脈はすっかり忘れてしまって、なんとなくこの言葉を放っていたバックグラウンドを、思い返す形で記憶に留めているだけなのだが、しかしこの言葉に対して、ある種の懐かしさを覚えてしまうのだ。
 それは学問というよりは単なる人生論や生き方における志向だとは思うし、ここでの要約は果たして意味があるのかという問いも抱えつつ、この言葉は他者との決別である。
 また教授がたびたび口にした言葉の中に、「嫌い」というものもあった。私はその言葉やその背景を聞いてから、他人を嫌うことに躊躇いがなくなった。社会性の観点から言えば、どうかと思う面もあるが、思想信条に係る部分における妥協や迎合を拒否するような教授の姿勢は、まだ(そして今も)自我の安定していない私にとってみれば尊敬に値した。
 私は非常に極端な人間である。自覚もしているし、他人からも指摘される。全か無か、という極端な価値観を抱えつつ、かなり自分に甘い人間でもある。碌でもない、ひとりの人間。職場で成功する他人を妬み、失敗する他人を責めながら、成功する自分を羨んで欲しく、失敗する自分を慰めて欲しい、そんな人間だ。妻と口論したとき、「これはおかしいだろ」ということを言いながら、過去に、あるいはその口論のあと何ヶ月か後に、まったく同じことをしている私。
 私とは何なのだろう、とこの頃よく思うようになった。まるで性質の違う複数の人間が、私の顔をしながら交互に現れては消えていく。一日というスパンで考えても、あるいは十五分間の休憩時間の中でも、複数の私は現れていく。あるときは完璧な、またあるときは重大な欠陥を抱えた人間として、私は立ち現れることになる。
 私は私について考えるときに、直接的に関係があるわけではないが、ポーのこの言葉を思い出すのだった。

独創性とは、一般的に、苦労して獲得すべきものであり、最高度の積極的[ポジティヴ]な価値を有しながら、その達成には独創性[インヴェンション]よりもむしろ否定性[ネゲイション] が必要なのである。(「詩作の哲学」、『ポオ評論集』所収、八木敏雄編訳、岩波文庫、P.174)

 この「否定性」という言葉を、連想の中で特に「嫌い」と結びつける。「私はあなたが嫌いだ」「私はその考えが嫌いだ」など、「あなた」や「その考え」に任意の言葉を入れれば、さまざまなことを否定できる。
 私自体を、肯定的な言葉で捉えようとしたところで、他者との同化が果たされるだけで、私と他者とは分かたれない。しかし、否定的な言葉で決別するとき、私は他でもない私という存在になる。
 私は教授の極端なまでの私自身であろうとすることに対して、憧れを抱いていたのだと思う。ともすれば、他者に流れがちの私がおり、そして周囲にもそういった人が多いと感じられる中で、他者からどう思われようとも、「死ね」と叫んで自分自身であろうとする、あの教授に。
 これは冷笑されてしかるべきものなのだろうか。絶え間ない同調の中で窮屈さと息苦しさとを感じ続けることで、不安定ながら瞬間的な安定の場を得るために、私は私自身であるということを否定すべきなのだろうか。どこか私を偽りながら、私としてのあり方とは異なった私がいることに、私はどこまで鈍感でいられるのだろうか。
 そういったとき、たびたびペソアの言葉を思い出すのだ。

 世界はなにも感じない連中のものだ。(フェルナンド・ペソア「不穏の書」、『[新編]不穏の書、断章』所収、澤田直訳、平凡社ライブラリー、2013年、P.313)