Outside

Something is better than nothing.

耳慣れた日々

 囁きが聞こえてくるのであった。ひそひそと、あることないことが。いいことも悪いこともある。いや、ほとんどが悪いことかもしれない。それでも、言葉は絶えず耳に飛び込んでくる。自分自身の中で発する声でさえも。
 実家にいた頃、私は両親が寝静まった深夜によく小説を書いていた。二階建てで、中二階があり、そして屋根裏部屋があるといった具合の家で、母は二階、父は屋根裏部屋で寝ていた。母のところには二匹の犬がおり、たまに眠れないのか吠えていることもあった。
 私は勉強するつもりで、一階の机の前に座り、ノートパソコンやら何やらを開いていた。自分の部屋だと、母の部屋が隣ということもあって、集中できなかった。パソコンのキーボードを打鍵する音が煩くて、隣の母が起きてしまうのではないかと不安なのだった。それは母を不眠にさせることよりも、自分のやっている、ささやかな秘め事の正体がばれてしまうという恐れだったのかもしれない。幸い、ほとんどの夜において、私のささやかな秘密は、秘密のまま遂行されたのだった。
 一階には時計があった。掛時計である。毎時、鐘を打つその掛時計は、深夜の無音の中で、実にひそやかに時間を告げるのだった。その音が好きだったかどうか、正直なところ定かではない。ただ、今思えば懐かしい感じがしたのだ。時間の数だけ鐘を鳴らすその掛時計が。
 翌日を告げる時間になると、私は深まっていく孤独な感じを楽しんだ。今このときは、誰もいないと感じられるのに、朝になると人の気配が濃厚に漂い始めるこの居間の机。そのコントラストが、不可思議に感じられた。外界の闇が、この部屋に忍び込んでこないように、蛍光灯の明かりに立て込む。少しずつ、けれども確実にやってくる眠気が、ささやかな秘密の甘美さを増長させる。