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Outside

Something is better than nothing.

はちみつへ辿り着く

社会

 生活習慣というものの変化はいつの間にか訪れているもので、私は大学生の頃は一人暮らしをしながら、堕落したり、普通に戻ったり、というような、行ったり来たりの生活を送っていた。社会人になってからは、今は妻となっている女性と、半同棲みたいな状態になりながら、概ねは一人暮らし状態ではあった。そして結婚、となる。

 昨月で一年経ったことになり、だいたいこの時期に正式な形で「一人暮らし」というものの終焉が訪れたことになる。ばいばい、一人暮らし、という名残惜しさは感じつつも、私の一人暮らしにつきまとった寂しさの問題は綺麗さっぱり消え去ったのであった。かくして価値観の違う者同士が、一つ屋根の下で暮らし始めた。

 大きく変わったことは食習慣だろう。朝ご飯を抜きがちな私は、いつしか朝ご飯を食べて出社することが増えた。あとは読書時間と執筆時間が減ったこと。両者は、少なくとも私にとっては「ひとり」の時間が必要なものだった。前者は少しずつ二人いるときでもできるようになってきているのだが、後者は今でも難しい。どこか気恥ずかしさが伴うのだ。

 食習慣のことについてで、最近ハマっているものははちみつである。成城石井が近くにあるので、前はそうそう行けなかったのだが、ここ最近は普通のスーパーで売っていないものを探して通うようになった。酒のつまみとしてのチーズ、サラミ、そしてはちみつ。

 はちみつは古代より人々に食されてきていたものだったらしい。古代エジプトでも食べられていた。英語の諺には、はちみつの歴史は人類の歴史、というものもあるそうだ。殺菌作用もあり、滋養強壮にも効く。栄養価も高く、薬効もあるのだという*1

 しかしながら、これまでの私の人生ではちみつとの関わりはほとんどなかった、と言ってもよい。ゲームの『スカイリム』で、蜂蜜酒についての言及があり、それで大学生になって久々に意識したくらいで、例えば日常的に目にする可能性が高いはちみつ味のアメは、そこまで好きではなかった。

 そんなある日、テレビを観ていた。便秘解消法についての特集があったのだが、その中でヨーグルトにはちみつを入れるとよいとされていたのだった(乳酸菌が増えるらしい)。私たちは腸内環境のためにダノンを毎日のように食べていたが、あくまでヨーグルトだけで食べており、はちみつを混ぜることはなかった。

 私は翌日すぐに成城石井に行ってハンガリー産のはちみつを買ってきた。容器デザイン的にも、ヨーグルトに入れるにはぴったりのものだった。そしてヨーグルトにはちみつを入れた。実を言うと、このときの私はまだ半信半疑だった。いったい、ヨーグルト、それもダノンの砂糖不使用のものには、それ相応の味があり、そこにはちみつを投入することで私の好きな砂糖不使用ダノンの味からは遠ざかってしまうのではないか、と。

 はちみつのきらきらとした黄金が、ヨーグルトの乳白色に溶けていき、互いに出会うことのなかったはずの二つの食べ物が、混ざり合っていく。できあがった食べ物は、しかし決して不味そうには見えなかった。

 夫婦は、一口、スプーンですくって食べてみることにした。そこには腸内環境のためという大義名分よりは、味覚の探求という純粋な好奇心の方が勝っていただろう。私たちは顔を見合わせた。

「う、うまい……!」

 瞬く間にカップは空になった。私は信じられない気持ちだった。まさか、はちみつがここまでヨーグルトを美味しくさせるとは。しかし、カップのヨーグルトの不在は、私を不満にもさせた。私はまだ足りなかったのだ。あの味が、あのはちみつが……。

 しかし、解決策は目の前にあったのだった。ヨーグルトをすくうために使う、スプーン。彼の存在が、私を突き動かした。気づけば、スプーンにはちみつを入れている自分がいた。私はそれをゆっくり、こぼさないように口に運んだ。妻は信じられないような目で私を見ている。だが、私はそのままスプーンのはちみつの池を飲み込んだ。舌が一瞬にして味覚を伝えてくる。甘く、しかし私がかつて食べた、あの、後に残るようなしつこさのない、すっきりとした味わいが、そこにあった。決して後々までその存在を強く主張はしない、さらっと味わうことのできる絶妙さ。そして訪れる、名残惜しさ。私はふたたびスプーンにはちみつを入れていた。また口に運ぶ。美味い。三度、スプーンにはちみつが注がれ、口へと運ばれる。美味い。変わらない。

 以来、私ははちみつの虜になってしまった。ハンガリー産のはちみつの。

 アルゼンチン産のものやその辺に売っているようなものも試してみたのだが、喉にざらざらと残ってくるようなものや、過度に甘すぎるもの、コクが強すぎるものなど、どうも口に合わないのであった。しかし、種類を変えたもののハンガリー産のはちみつを買ってみると、これが実に美味いのだった。はちみつ事情に疎い私でも、ハンガリー産のもの、という認識はとりあえずできたのである。

 加えて滋養強壮に効くというものも確かで、スプーンではちみつを食した翌日は、明らかに体調がいいのであった。少し風邪気味のときにはちみつを食べても、喉の調子が戻っている。

 かなり飽きっぽい性格なので、まさかここまではちみつにハマり始めるとは思わなかった。今後のはちみつ購入が、実に楽しみなのであった。