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Outside

Something is better than nothing.

三、さん、スリー

別に実証的な研究をしたいわけではないし、するつもりでもないのだが、この3という数字は、人間がとりあえず頭に浮かべてしまう数字であるらしく、たびたび使用されている。小説を読んでいると、よく過去の出来事を回想するときに想起されやすいのが「三年前…

前進運動

前へ前へ進もうと考えることそれ自体にたぶん意味はなく、結果的に表出されたものにこそ意味があるのだろうと思いつつ、しかしながらそれを作り出すためにはその気持ちが必要ではある、と考えるわけなのだが、例えば小説を書くときに、一体どこまで続けられ…

クリエイターの手

Netflixで『アート・オブ・デザイン』というドキュメンタリーを最近観ているのだけれども、これがけっこう面白くていろいろなことを考えてしまう。第四回まで観ていて、今のところどのクリエイターも手を使って物を作り出している。 デジタルとの融合はもち…

小説のエネルギー

久々に小説を書くようになって、その書きっぷりがまた単に書くことが可能という状態ではなく、思考自体が小説を書くものに変貌している、ということに驚いている。具体的には記述の果てにぐちゃぐちゃした、時に矛盾するセンテンスを書けてしまっているとい…

漢字の配置

今もって自分の書くものの中で、漢字をどう配置していくのか、ということについてよく悩む。昔は「すごい」という言葉についてはひらがなで書いて、「凄い」と漢字では書かなかった。けれども昨年くらいから漢字で書くようになって、この導入はかなり慎重に…

クリエイティブな物語の協奏曲 ―ねじれ双角錐群『望郷』について―

nejiresoukakusuigun.tumblr.com 紹介 ねじれ双角錐群の『望郷』を読む。第二十三回の文学フリマにて頒布されたもので、私はネットで購入した。今現在(2017年1月25日)は品切れ中の模様。 収録作は下記の通り。 石井僚一「物語のない部屋」小林貫「新しい動…

毛利小五郎という男

名探偵コナン(1) (少年サンデーコミックス) 作者: 青山剛昌 出版社/メーカー: 小学館 発売日: 2012/09/25 メディア: Kindle版 この商品を含むブログを見る 名探偵コナンについて 『名探偵コナン』はHuluで視聴することができるのだが、そういったアクセス…

考える軌跡

保坂和志の小説ではないエッセイをメインとした本を読むときに、ポーンとボールを無造作に投げたかのような言葉に出会うことが多々あり、それは良い面と悪い面とがあることは重々承知であるし、「保坂和志」的なものについての検討というものはしなければな…

才能にまつわる病

『SNSポリス』をどこかの記事で読んで爆笑してからというもの、「かっぴー」という名前を記憶していて、『左ききのエレン』という作品を描いていることも知っていた。 SNSポリスのSNS入門 作者: かっぴー 出版社/メーカー: ダイヤモンド社 発売日: 2016/07/2…

怪しい者たち

無窮の歴史 中世という言葉を聞いたときに、直接見たわけではないのだけれども『少女革命ウテナ』の「甦れ!無窮の歴史『中世』よ」だったか、この曲について知り合いの誰かが言っていた。 「中世を何だと思っているんだろう」 歌詞をカラオケでぼんやり眺め…

からっぽのあり方

世界が終わる夜について チャットモンチーの「世界が終わる夜に」という曲がけっこう好きなんだけれども、今まで歌詞をちゃんと読んだことはなかった。 今日その歌詞を読んだのだが、なぜかといえば、ヒラリーが勝つだろうと思っていた米大統領選がトランプ…

リートフェルトの椅子

線の力強さ どういうタイトルのついたものだったか忘れてしまったし、作家の名前すら忘れてしまったのだが、東京に来たばかりの頃に非常に抽象的な絵画を見に行ったことがある。 たしかアボリジニにルーツを持つアーティストの、力強い線による抽象度が高い…

見ているようで、本当は見えていない

私の財布 ポール・スミスの財布を私は普段から使用している。この長財布との付き合いはもう5年となり、財布にこだわりを感じたことのなかった私としては大事に使用している気がする。あまりも傷もついておらず、というか傷がついたらかなり落ち込むくらいに…

黙読から音読へ

シェイクスピアのいわゆる四大悲劇の一つ『オセロウ』(菅康男訳、岩波文庫)を先日、妻と一緒に互いに役を割り振って音読していた。ある意味、演劇の練習みたいなもので、そこそこに感情を込めて読んでいたために、家の中で抑揚のある話し声が延々と続くと…

無限後退の夢

先日、小野不由美が原作の映画『残穢』を観てきた。個人的にかなり好みの映画で、ホラーというよりは妙な気味の悪さが残るものだった。ということで、ここから先はネタバレを含むかもしれず、人によっては嫌悪するかもしれない。とはいえ、感想を書くわけで…

書いた形跡

記述の量に端的に驚くべきか、生きるということの蓄積とはそもそも目に見える形であれ消え去ってしまうものであれそういう類のものなのか、私には生まれてから死ぬまでの一連の流れを知らないために判断がつこうはずもないのだけれども、読む文字量と書く文…

残存性

十年くらい前のことなのだが――という書き出しを書いて思ったのだが、かつて物を書き始めた頃の自分の「十年前」という時間軸は、物心がつき始めたばかりの頃か、まったくないときのことで、記憶というものは常に拡大をし続けていく一方ではあるが、私にその…

水族館・春画展・「私」の変質

保坂和志の『遠い触覚』は、デヴィッド・リンチの『インランド・エンパイア』(2006年)についてかなり割かれており、割かれておりと書きつつ、そこに書かれている文章は、のらりくらりと直接的な対象としてでなく思考の流れとしてこの映画を考えている。 先…

部屋の中心的なテーマ

四方の壁、六方を限定されたその空間は、ほとんどの人にとって馴染み深い場所であるに違いない。すべてとは言い難いが、おおむね人は部屋の中で生活を行っている。もちろん四方の壁に囲まれたというのは、正方形ないし長方形の部屋を想定しているからで、デ…

世界の果てという概念について

世界の観念性は果てしない。誰しも世界の中に存在しながら、世界それ自体についての認識は、個人の埒外にあるのだった。つまるところ、世界の中心や世界の終わり、さらには世界の果て、というものはどこにも存在しない。どこにも存在しないがゆえに、我々の…